最高裁判所第一小法廷 昭和55年(オ)252号 判決 1984年10月04日
(最高裁昭五五(オ)第二五二号、配当異議事件、昭59.10.4第一小法廷判決)
上告人
株式会社土屋商店
右代表者
田村謹吾
右訴訟代理人
松田孝
被上告人
東京信用保証協会
右代表者理事
磯村光男
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人砂子政雄の上告理由について
保証人が債務者との間で代位弁済によつて債務者に対して取得する求償権の内容について民法四五九条二項によつて準用される同法四四二条二項の定める法定利息の支払に代えて約定利率による代位弁済日の翌日以降の遅延損害金を支払う旨の特約をしたときは、保証人は、物上保証人及び担保物についての後順位担保権者その他の利害関係人に対して、右特約による遅延損害金を含んだ求償権の総額を上限として、代位弁済によつて移転を受けた担保権を行使することができ、かつ、保証人が物上保証人との間で民法五〇一条但書五号にいう代位の割合について特約をしたときは、保証人は、物上保証人に対してのみならず、後順位担保権者その他の利害関係人に対しても、右の特約した割合に応じて債権者の物上保証人に対する担保権を代位行使することができるものと解するのが相当であり(最高裁昭和五五年(オ)第三五一号同五九年五月二九日第三小法廷判決・民集三八巻七号登載予定)、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(角田禮次郎 藤﨑萬里 谷口正孝 和田誠一 矢口洪一)
上告代理人砂子政雄の上告理由
原判決は判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背がある。
一、原判決は左記事実を認定した。
(1) 訴外数野株式会社(以下訴外会社という)は訴外渋谷信用金庫(以下訴外金庫という)から証書貸付(五〇〇万円二口)並びに手形(二九〇万円)割引を受け、損害金は年18.25パーセントとする旨の約定をした。
(2) 訴外数野善一(以下善一という)は訴外会社の前記債務を担保するため、訴外金庫との間に善一所有の本件不動産につき根抵当権、抵当権を設定し、その登記を経由し、かつ連帯保証人となつた。
(3) 被上告人(控訴人・以下同じ)は、訴外会社の訴外金庫からの前記借入債務、割引手形買戻債務につき、そのつど訴外会社との間で各信用保証委託契約を結び、右各委託契約に基づいて訴外金庫に対して各連帯保証の約定をし、右委託契約にあたり、被上告人は訴外会社及び善一との間に左記特約をした。
(イ) 被上告人が訴外会社に対して将来取得することのある求償権について善一は訴外会社の連帯保証人としての履行の責任を負い被上告人が訴外会社、善一両名に対して将来取得することのある求償権の範囲は、被上告人の出捐の全額及びこれに対する右出捐の日の翌日から年18.25パーセントの損害金とする。
(ロ) 被上告人は本件根抵当権及び本件抵当権につき右求償権額の範囲で訴外金庫に代位する。
(ハ) 善一が代位弁済しても被上告人に求償できない。
(4) 被上告人は前記債務につき訴外金庫に対して代位弁済し、前記根抵当権及び抵当権につき各移転の付記登記を経由した。
(5) 上告人(被控訴人・以下同じ)は本件不動産の仮差押債権者であること、仮差押執行の日付は本件根抵当権、抵当権の各設定登記の日より後である。
二、ついで原判決は、右認定に基づいて、被上告人は訴外金庫に対する訴外会社の本件債務を全て代位弁済することにより、主債務者たる訴外会社に対し求償権を取得するとともに、この求償権確保のため同求償権の範囲内において、訴外金庫の訴外会社に対する本件各債権及びこれを担保するための本件根抵当権、本件抵当権を法律上当然に取得し、右担保権の移転につき付記登記をなしたことが明らかであると判断し、
(1) 訴外会社に対する右求償権の範囲について、民法第四五九条第二項が準用する同法第四四二条第二項は任意規定であつて、損害金の利率等につき当事者間にこれと異る約定がある場合にはこれによるべきものと解せられるとし、被上告人は訴外会社に対して自己が代位弁済した金額とこれに対する代位弁済の日の翌日から右完済までの年18.25パーセントの損害金を求償しうるとし、次いで、
(2) 被上告人が右求償権を確保するため訴外金庫に代位して物上保証人たる善一に対する関係において、本件根抵当権、本件抵当権により弁済を受けうる金額について、民法第五〇一条但書五号は保証人と物上保証人との関係においては任意規定と解されるから、代位弁済あるときにその代位の範囲を画する求償の負担部分の割合等につき当事者間にこれと異る約定がある場合にはこれによるべきものと解せられ、また同法第四六五条第一項の準用する同法第四四二条第二項は任意規定であるから、これと異る約定がある場合にはこれによるべきものと解せられるとし、被上告人は、善一に対し代位弁済額の全額とこれに対する代位弁済の日の翌日から右完済までの年18.25パーセントの割合による損害金を求償しうるというべきであると断定した。
三、原判決は右判断を前提とし、被上告人が訴外金庫に代位し、上告人に対する関係において、本件根抵当権、抵当権により優先弁済を主張しうる金額について、
(1) 本件根抵当権につきその極度額等が、本件抵当権につきその債権額、その利息、その損害金(年18.25パーセント)に関する定め等が、これらの担保権が訴外金庫により設定された当時以降登記簿上公示されていたこと、
(2) 上告人が右各被担保債権に劣後する債権者であることは明らかであるから、これを甘受すべき地位にあるものというべきであるとし、公示された右の担保権による優先弁済の範囲を超えないかぎり、弁済により訴外金庫に法定代位すべき被上告人が、被求償者たる訴外会社及び善一との間で求償権の範囲、内容をどのように特約しても、このことは上告人の法律上の利益を害するとみることはできず、右特約のなされなかつた場合における上告人の本件配当額の増加は単なる事実上の利益にすぎないものであり、常に当然に民法五〇一条但書五号の適用による利益を受ける権利を有するものでないとし、被上告人は訴外金庫に代位し、上告人に対する関係においても本件根抵当権、本件抵当権について、代位弁済額全額及び年18.25パーセントの割合による損害金につき優先弁済を主張しうるものと判断した。
四、しかし原判決は民法第五〇一条但書五号、同法第四五九条の準用する同法第四四二条についてその解釈を誤つたものである。
すなわち保証人たる被上告人と主債務者たる訴外会社、物上保証人兼連帯保証人たる善一との間に、民法第五〇一条但書五号、同法第四五九条第二項、同法第四四二条第二項に異なる特約が締結された場合、右特約が右当事者間においては有効であるとしても、保証人たる被上告人と差押債権者たる上告人との間においては、同様に解することはできない。なぜならば右特約は契約の当事者でない第三者たる上告人に対しては公示される訳もなく、その内容を知らない上告人が拘束される理由もない。
また代位の対象となつた抵当権の設定登記中に期限後の損害金の記載があつても、その記載は求償権の遅延損害金の特約についての記載ではないのだから、右特約を第三者に主張できるものではない。そもそも被上告人が物上保証人に対する求償権を確保するためには、当該不動産につき担保権を取得しておくという方法によれば足りることなど考えると、被上告人が主債務者たる訴外会社及び物上保証人兼連帯保証人たる善一との間に代位弁済による求償債権について、民法第五〇一条但書五号、同法第四四二条第二項と異なる特約をしても、被上告人は右特約をもつて第三者たる上告人に主張し対抗できないものと解すべきである。
換言すれば右特約は求償権及び代位の範囲を第三者との関係についても定めたものではなく、単に保証人との間において定めたものと解すべきであり、代位弁済による求償債権の損害金について法定利息と異なる特約をしても、被上告人は右特約をもつて第三者たる上告人に対抗できないものと解すべきである。
以上の通り原判決は法令の解釈を誤つたものであり、右違背は判決に影響を及ぼすこと明らかであるのみでなく、原判決は右該当法令の解釈につき、最高裁判所昭和四九年一一月五日第三小法廷、昭和四七年(オ)第八九七号配当異議事件判決と相反する判断をしたものであるから破毀されるべきである。